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福岡高等裁判所 昭和38年(く)4号 決定 1963年10月23日

主文

原決定を取消す。

本件請求を棄却する。

理由

本件抗告の理由は、本件は刑法第二六条第三号に該当しない。即ち同条項に規定する執行猶予の取消原因は、執行猶予の判決確定後において、その判決確定前他の罪につき禁錮以上の刑に処せられたることが発覚した場合でなければならない。然るに抗告人は昭和三六年一一月二九日業務上横領等被告事件により懲役一年、一年、一年の判決言渡を受け、右判決は昭和三七年七月二四日確定したが、抗告人はこれより先同年三月一三日収賄罪により懲役一年の判決が確定している。而して右の事実は一件記録上明らかであり、前記執行猶予の判決確定前において裁判官、検察官共にこれを知悉しているのであつて、右執行猶予の判決確定後において初めてこれが発覚したものではない。従つて本件は刑法第二六条第三号に該当せず、前記執行猶予取消要件を具備しないものであるから、原決定は取消さるべきである、というのである。

本件記録によると熊本地方検察庁検察官検事斎藤正義は、原裁判所に対し、抗告人につき「抗告人は昭和三六年一一月二九日福岡高等裁判所において業務上横領、脅迫、傷害、恐喝未遂罪により第一の(一)の1の事実及び第一の(一)の2の事実につき各懲役一年、第二ないし第五の事実につき懲役一年に処し、右各刑につきそれぞれ五年間執行を猶予する旨の言渡を受け、右判決は昭和三七年七月二四日確定したが、さきに昭和三五年二月二九日熊本地方裁判所において収賄罪により懲役一年に処せられ、その刑につき執行猶予の言渡がなく、昭和三七年三月一〇日確定しているので、前記執行猶予の言渡を取消されたく請求する」旨の申立をなし、これに対し原裁判所は、右は刑法第二六条第三号の場合には当らないが、同条第二号の場合に当るとして右執行猶予の言渡を取消していることが明らかである。そこで考えて見るに、右執行猶予の言渡取消請求理由中には刑法第二六条の何号によりこれを請求するのか明記していないし、原裁判もこれにつき何等釈明を求めることをしていないので、果して検察官は同法条の何号により本件請求をしたものか明らかでない。(かかる請求の仕方は刑事訴訟規則第二二二条の四の趣旨にもとるもので、違法ではないまでも、妥当ではない。)尤も、右請求理由の記載自体から本件請求は同法条第一号によるものでないことは明らかであり、二号または三号による請求と思われ、されば原裁判所も二号の外三号の場合についても検討を加えている事情が窺知できるのである。

ところで刑法第二六条第二号に「猶予ノ言渡前ニ犯シタル他ノ罪ニ付キ禁錮以上ノ刑ニ処セラレ其刑ニ付キ執行猶予ノ言渡ナキトキ」とは、猶予の言渡後にその言渡前に犯した他の罪につき禁錮以上の実刑に処せられた場合、すなわち、猶予の言渡後に生じた処刑という出来事のために執行猶予の言渡が取消すべきものとされるのであり(最高裁昭和二七年二月七日第一小法廷決定、刑集六巻二号一九七頁。)それは、猶予の言渡にかかる罪につき裁判する際に、その言渡前に犯した他の罪を同時に審判していたならば、猶予の言渡はなされなかつたであろうとの推測に基くものとされているが、同条第三号に「猶予ノ言渡前他ノ罪ニ付キ禁錮以上ノ刑ニ処セラレタルコト発覚シタルトキ」とは同様に猶予の言渡後にその言渡前他の罪につき禁錮以上の刑に処せられたことが発覚した場合、すなわち、猶予の言渡後に生じた前科発覚という出来事のため執行猶予の言渡が取消されるのであり、その言渡前既に発覚していた場合はこれに当らない(前同最高裁決定参照)。元来猶予の言渡前他の罪につき禁錮以上の刑に処せられた事実があれば、刑法第二五条第一項により執行猶予の言渡をすることは許されない筋合であるから、かかる場合は、いわば誤つて猶予の言渡をしたことになるわけであるので検察官において猶予の判決言渡後その確定前にこれを覚知したときは、その有する上訴権を行使して執行猶予を阻止すべきであるが、検察官においてこれを覚知しながら上訴権を行使することなく執行猶予の言渡を確定させたときは、検察官はその取消請求権を失い、裁判所はその請求を許容して執行猶予の言渡を取消すことを得ない。されば本号により刑の執行猶予を取消すには、検察官において上訴の方法により違法に言渡された執行猶予の判決を是正する途がとざされた場合、すなわち、執行猶予の判決確定によつて進行を始めた猶予の期間中に「猶予ノ言渡前他ノ罪ニ付キ禁錮以上ノ刑ニ処セラレタルコト」が検察官に発覚したときであることを要するのである(最高裁昭和三三年二月一〇日大法廷決定、刑集一二巻二号一三五頁)。

本件につきこれを見るに、検察事務官作成の前科調書及び判決謄本四通並びに抗告人に対する収賄被告事件(当裁判所昭和三五年(う)第五七一号)及び業務上横領、脅迫、傷害、恐喝未遂被告事件(同昭和三五年(う)第五三三号ないし第五三五号)の各記録によると、抗告人は、(一)昭和三五年二月二九日熊本地方裁判所において収賄罪により懲役一年に処せられ、昭和三六年一〇月三〇日控訴棄却の判決を受けて上告中昭和三七年三月一〇日上告取下により確定したが、更に(二)昭和三六年一一月二九日福岡高等裁判所において業務上横領、脅迫、傷害、恐喝未遂罪により第一の(一)の1及び第一の(一)の2の事実につき各懲役一年、第二ないし第五事実につき懲役一年に処し、右各刑につき五年間その執行を猶予する旨の判決言渡を受け、右判決は昭和三七年七月一九日上告棄却決定により同月二四日確定したことが明らかであるので、抗告人は、(二)の執行猶予の判決確定前に(一)の実刑判決の言渡を受けて確定しているのであるから、本件は刑法第二六条第二号の場合に当らず、ただ(一)の実刑判決発覚の時期が(二)の猶予の裁判確定後であれば、同法条第三号の場合に当ることとなるわけである。

尤も原決定は、刑法第二六条第三号は誤つて執行猶予の欠格者に猶予の言渡があつた場合、その執行猶予を取消す旨の法意であるが本件の場合は、執行猶予の言渡は控訴審でなされたものであり、且つその言渡当時は実刑の言渡判決は未確定であつたから、猶予は適法に言渡され、然も法令違反もなくその取消を求めて上告することは不可能であつたのであり、その後実刑の裁判が確定したが、附帯上告などの制度がない上に不利益変更禁止の原則があつて上告審で猶予の言渡を取消すことができず、従つて刑法第二六条第三号による取消の対象となるべき誤つて猶予の言渡をした場合に当らない、としているが、同法条同号でいわゆる誤つて猶予の言渡をしたとは「猶予ノ言渡前他ノ罪ニ付キ禁錮以上ノ刑ニ処セラレタルコト」を言うのであつて、猶予の言渡確定前に他の罪につき禁錮以上の実刑に処する確定裁判があつた場合であるから、かかる場合は刑法第二五条第一項により本来執行猶予の言渡をすることはできないわけであつて、いわゆる執行猶予の欠格者に対し、その欠格者たることを知らないで猶予の言渡をしたこと、つまり誤つて執行猶予の言渡をしたことになるのであるから、本件の場合も正しくこれに該当するわけである。従つて原決定のこの点に関する説示は誤つているけれども、前示前科調書によると懲役一年の実刑については、刑起算日を昭和三七年六月一三日とされていることが認められるので、その刑を言渡した判決については、昭和三七年三月一〇日上告取下により確定した後検察官の執行指揮があり前示日時を刑の起算日としたものと推認され、右昭和三七年六月一三日又はその以前において既に検察官には実刑に処せられた該確定判決がある事実は判明していたものと認めるのが相当であるから、執行猶予の判決確定後に発覚した場合に当らない。尤も原決定も指摘するとおり、右実刑の判決確定当時は、猶予の事件は既に上告審に係属しており、検察官としては、も早最高裁判所に対し刑事訴訟法第四一一条第一号による職権発動を促すことができるだけで、執行猶予を阻止すべき方法なく、すなわち「上訴の方法により違法に言渡された執行猶予の判決を是正する途がとざされ」ていたものであるから、この点において前示判例の趣旨に従えば正に刑法第二六条第三号の場合に当るけれども同条号は実刑前科の発覚が猶予確定後にかかることをも要件としており、最高検察庁の検察官に発覚したのは猶予の判決確定前と推認されること前示のとおりであるので、右要件を欠くことが明らかであり、それ故同条号による本件執行猶予の取消は許されないものとしなければならない(このことは如何にも不都合であるが、法の不備であつてやむを得ない。)従つてこれと結論を同じくする原決定のこの点に関する判断は結局相当とすべきである。ただ抗告人の本件抗告の理由とするところは、右と趣旨を同じくし、原決定の右結論にそうものであるので、そのこと自体は相当とすべきであるが、原決定はこれを取消原因としているのではないから、適法な抗告理由とならない。

尚又、原決定は「本件猶予の言渡は、もし別罪について実刑の裁判あれば、当然なされなかつたであろうとの推測が充分考えられるものであり、刑法第二六条第二号の要件は、猶予の裁判確定後に別罪で実刑に処せられることまでも必要とするのではなく、猶予の裁判確定前に犯した罪について実刑に処せられれば足るものであるから、本件は正にこの要件を充たすものである。このことは本件において猶予の裁判に対し上告なく確定し、実刑の裁判がその後上告審に係属してから確定したとすれば正に刑法第二六条第二号に該当するものであり、本件の場合上訴審の構造から言つて実質的に見てこの例と本件とは全く同一である」としている。なる程本件の場合前説示のとおり検察官は執行猶予を阻止すべき方法なく、「上訴の方法により違法に言渡された執行猶予の判決を是正する途がとざされ」ていたものであるから、執行猶予の判決が上告なく確定した場合と実質的に同一である、とも考えられないことはない。しかし乍らその故に刑法第二六条第二号の要件を猶予の裁判確定後に別罪で実刑に処せられることまでも必要とするのではなく、猶予の裁判確定前に犯した罪について実刑に処せられれば足るものとするのは失当である。けだし、刑法第二六条第二号をそのように解釈すると、猶予の裁判確定前に犯した罪について猶予の裁判確定前に実刑に処せられて確定した場合をも含むこととなり、同条第三号が特に猶予の言渡前他の罪につき禁錮以上の刑に処せられたことが「発覚シタルトキ」とした法意を没却する結果となるし、又前示判例の趣旨にも反するので採るを得ない。ただ上告取下の時期の如何により猶予の取消原因が変ることになる(例えば猶予の判決確定後に取下げれば正しく同条第二号の場合に該る。)ことは好ましいことではないが、やむを得ないところであつて、取下が恣意的になされ得るの故を以つて法を拡張解釈することは許されない。

これを要するに、本件は刑法第二六条第二号及び第三号のいずれの場合にも該当しないので、検察官の本件請求は失当であり、従つて又これを許容した原決定も失当として取消を免れない。

よつて本件抗告は結局理由あるに帰するので、刑事訴訟法第四二六条第二項に従い主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 青木亮忠 裁判官 木下春雄 天野清治)

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